認知症最前線~医療・ケア・介護の現場から
- 2021/07/30
- 14:30
世界初のアルツハイマー病治療薬「アリセプト」を開発した同志社大学の杉本八郎教授が昨年9月、講談社より『世界初・認知症薬開発博士が教える認知症予防最高の教科書』(単行本<四六判ソフトカバー>/196ページ/価格1430円)を上梓しました。
「私が認知症予防で伝えたいことは、すべてこの本の中に書いてあります」という渾身の著書。もの忘れと認知症の違い、脳や神経細胞の働き、認知症を予防する栄養素や生活習慣、心掛けなど、4月7日の経営支援NPOクラブの会員向け勉強会「NPOサロン」でも、その内容を余すことなく語ってくれました。
最終回は杉本教授が説く「認知症にならないための予防方法」と、今、人生を掛けて挑んでいる“究極の夢”を紹介します。
<全3回/最終回 協力:認定特定非営利活動法人 経営支援NPOクラブ>
第一線を離れた企業OB等が、ボランティア精神で中小・地方企業の経営を支援するNPO団体。
<サイト内関連記事>
◆認知症を知り、己を知れば百戦危うからず!
世界で5000万人もの患者がいるとされる認知症。日本における認知症の高齢者数(65歳以上)は、2012年に実施された厚生労働省の調査によると推計で462万人に上り、その予備軍にあたる軽度認知障害(MCI)の人も約400万人いることがわかりました。
世界保健機関(WHO)は、2050年までに世界の認知症患者数が1億5200万人まで拡大すると予想しており、当然、我が国においても今後さらなる増加が見込まれています。しかし、認知症を完全に治癒する治療薬は未だありません。杉本教授が開発した「アリセプト」は、アルツハイマー病の進行を遅らせる対症療法薬です。最近、米食品医薬品局(FDA)で承認されて注目を集める「アデュカヌマブ」も、アルツハイマー病の根本治療薬として期待されていますが、その効果は未知数です。
やはり認知症は、ならないに越したことがありません。それには、日頃の生活習慣から予防を心がけることが大切なことは、今さらいうまでもないでしょう。その心構えとして杉本教授は「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と、孫子の兵法を引用して喝破します。
杉本教授から、認知症にならないための極意をとくと学びましょう。
やはり認知症は、ならないに越したことがありません。それには、日頃の生活習慣から予防を心がけることが大切なことは、今さらいうまでもないでしょう。その心構えとして杉本教授は「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と、孫子の兵法を引用して喝破します。
杉本教授から、認知症にならないための極意をとくと学びましょう。
杉本教授 認知症についてご存知ですか? 「正しく理解していますか?」という意味です。
テレビや新聞で頻繁に報道されているので、「そんなのわかっているよ」という方も多いでしょうが、改めて認知症を定義すると下の通りになります。
テレビや新聞で頻繁に報道されているので、「そんなのわかっているよ」という方も多いでしょうが、改めて認知症を定義すると下の通りになります。
簡単にいうと、日常生活に支障がないボケは認知症じゃない。単なる「ボケ」です。
日常生活に支障をきたすのが「認知症」です。
日常生活に支障をきたすのが「認知症」です。
例えば、買い物に行って道にちょっと迷う。でも、家に帰れる。これは単なるボケです。
しかし、買い物に行って、帰れなくなってしまう。そして、お巡りさんのお世話になって、連れて帰ってもらう。これは日常生活に支障がありますよね。このような状態が認知症だと理解してください。
実はですね、ご存知ない方も多いと思いますが、認知症には治る病気もあるんです。それは、認知症を引き起こす原因疾患を取り除けば治るんですよ。例えば感染症、腫瘍などを原因とする認知症があり、その場合、これらの原因疾患を除けば症状が改善します。だから、認知症になったからといってあきらめないで、治る可能性もあることを常に頭に入れておいてください。
なお、認知症の原因疾患と認知症の主な病気は下図の通りです。
なお、認知症の原因疾患と認知症の主な病気は下図の通りです。
たくさんありますけど、認知症は主に「脳血管性障害」と「脳神経変性疾患」がメインです。特に後者を罹患する人が多く、アルツハイマー病は認知症全体の中で55%、レビー小体が15%を占めています。レビー小体とはパーキンソン病に似た症状があらわれる病気で、現在、治療薬として承認されているのはアリセプトだけです。
一方、前者の脳血管性障害によって発症するのが脳血管性認知症で、認知症全体の中では10%を占めています。以前は70%近くを占めていましたが、診断方法の進歩とレビー小体が発見されたことなどから、認知症の発症比率が大きく変わりました。
上の図をご覧ください。例えば「前頭葉」(ぜんとうよう)、それから「後頭葉」(こうとうよう)、「側頭葉」(そくとうよう)などと、たくさんありますよね。この中で覚えておいてほしいのは、「大脳新皮質」(だいのうしんひしつ)から「大脳辺緑系」(だいのうへんえんけい)の「海馬」(かいば)までで結構です。
海馬は情動や本能的な活動を司る中枢機能です。そのほかの部位の機能も図の通りわかっていて、認知症の発症でどのような障害が起きるかは、そのやられた部位によって異なってきます。
神経細胞(ニューロン)は生物の脳を構成する最小単位です。上の図をみると、神経細胞から軸索が伸びているのがわかりますね。軸索の末端は分枝して次の神経細胞と接合し、シナプスを形成します。シナプス内は20ナノメートルほどの隙間が空いており、アセチルコリンなどの神経伝達物質が体内に流れる電気に乗って、次の神経細胞に届くことにより情報が伝わります。ちなみに1個の神経細胞は、1万個の神経細胞と連絡を取り合っています。
実は、この神経細胞は5歳までに数が決まってしまうそうです。生まれたときに約2.5億個あった神経細胞が、わずか5年以内で半分以下にまで減ってしまう。そして、残った神経細胞は20歳ぐらいまでは維持するけど、その後は1日10万個ずつ減少していくそうです。なので、5歳までのしつけや教育がいかに大切かわかりますよね。まさに「三つ子の魂百まで」です。
だから、今5歳未満のお子さんがいるお母さん、お父さん、あるいはこれから結婚される方、子育ては5歳までが勝負ですよ! 5歳までにしっかりしつけ、深い愛情を注ぐことで、その子の人生が大きく変わってきます。
上の図は認知症の症状をまとめたもので、中央の楕円形内にある症状を「中核症状」と呼びます。なぜ、そう呼ぶのか? それは認知症になると、必ずあらわれる症状だからです。
そして、楕円形の外側にあるのが「周辺症状」(BPSD)といいます。「行動症状」と「心理症状」の2つに分類されます。認知症というのはある意味、この周辺症状が怖いんです。行動面、心理面にあらわれるこれらの症状が、患者本人や家族を本当に苦しめるんですね。
例えば行動症状の「暴言・暴力」だと、たとえ女性の患者さんでも、男性が抑えられないほどすごい力を発揮します。そんな力で抵抗されたら、みなさんどうしますか?
ちょっと目を離した隙に外出してしまう「徘徊」は、度々警察のお世話になり、最悪の場合、自動車や鉄道の事故を起こしてしまうケースも多い。
ほかにも、認知症で最もよくみられる「睡眠障害」、過食や拒食、異食といった「食行動異常」など、そして心理障害の「妄想」「幻覚」「不安・焦燥」「抑うつ」「介護抵抗」など……。これらの症状がどれだけ家族を悩ませることか。もちろん、患者さん本人も苦しいんですよ。
こういう周辺症状に対応した薬はありますが、全部の症状に効くわけではありません。中核症状の薬もあるにはありますが、あくまでも対症療法です。途中まで効きますが、止めることはできないんですね。
冒頭で単なるボケと認知症の違いに触れましたが、もう少し詳しく説明しましょう。
冒頭で単なるボケと認知症の違いに触れましたが、もう少し詳しく説明しましょう。
上の図をご覧ください。もの忘れと認知症を比較したものです。
普通の「もの忘れ」というのは、ただ単に記憶の一部が取り出せないだけなんですよ。例えば、昨日夕食を食べたことは覚えていますが、どんなメニューだったか思い出せない。これは「もの忘れ」。
ところが、認知症の人は夕飯を食べたこと自体を忘れているんですね。エピソードがすっぽりなくなっているんです。これが「もの忘れ」と「認知症」の違いです。
上の図の通り、脳血管性認知症は60歳以上の男性に多い病気です。急性発症し、段階的に悪化していきますが、正常な脳細胞も多いのでときどき正気に戻ります。そのため「まだら痴ほう」とも呼ばれています。
特に顕著な症状としては、運動麻痺や歩行障害があらわれます。また、前述の通り脳の細胞がすべて悪くなっているわけではないので、患者さんは「自分は認知症じゃないか」ということを、かなり症状が進んでもわかっているんですね。発病の原因は、脳梗塞の多発、大脳白質病変などが挙げられます。
一方、アルツハイマー病は60歳ぐらいから兆候があらわれて、徐々に悪くなっていきます。特に女性の患者さんが多く、閉経後になりやすいことがわかっています。だからアメリカでは、閉経後に女性ホルモンを飲んでいる年配の女性が結構多いんですよ。
顕著な症状としては、脳が全般的に悪くなるため、失語・失行・失認などがみられます。そして、アルツハイマー病の人はかなり早い段階から、自分が認知症であることがわからなくなります。
画像診断では、海馬の萎縮が一番顕著な症例として認められます。海馬は、情動や本能的な活動を司る中枢機能であることは前述しました。そのため、アルツハイマー病の患者さんはいつもニコニコ笑っていて、「多幸症」とも呼ばれたりします。
◆認知症と戦うための10か条
杉本教授 さて、いよいよ本論です。認知症にならないためには、どうしたらいいのか?
一番お勧めなのは運動です。肥満は認知症のリスクの一つです。それから血圧も大事。赤ワインに含まれるポリフェノールも認知症を予防することがわかっています。
一番お勧めなのは運動です。肥満は認知症のリスクの一つです。それから血圧も大事。赤ワインに含まれるポリフェノールも認知症を予防することがわかっています。
このような医学的学説や情報、自分なりの研究をもとにして、下の通り「認知症と戦うための10か条」をまとめてみました。これに沿って、認知症にならないための方法を解説していきましょう。
◎「認知症と戦うための10か条」
第 1 条 週3回以上の有酸素運動
第 2 条 熱中できる趣味を持つ
第 3 条 血流を正常に保つ
第 4 条 社交性を保つ
第 5 条 いつも笑顔でいること、いつも人をほめること
第 6 条 不平、不満、愚痴・泣き言、悪口、文句をいわない
第 7 条 認知症予防にいい食べ物を多くとる
第 8 条 サプリメントの活用
第 9 条 喫煙はダメ、お酒は適量、良質な睡眠、口腔内ケア
第10条 人助けをする
第 1 条 週3回以上の有酸素運動
先にも話しましたが一番お勧めなのは、やはり「運動」です。月並みですが、科学的にも文献的にも間違いないです。私もマウスを使って実験してみました。
下の通り(a)標準のケースと、(b)標準より広く玩具も入れてあるケースにそれぞれマウスを一定期間飼い、水迷路試験で記憶学習能力を調べたところ、(a)で飼われたマウスより(b)のマウスの方がゴールに辿り着く時間が短い結果となりました。つまり、広いケースで過ごし、玩具で遊んだマウスの方が、記憶学習能力が高いということです。このことからも、いかに運動が大切かわかりますよね。

なお女性の場合、肥満は明らかにアルツハイマー病のリスクになることがわかっています。スウェーデンで18年間にわたり、70歳の男女392人の追跡調査を行った結果、判明しました。この傾向は、男性にはなかったようです。女性のみなさん、肥満にはくれぐれも注意しましょう。
ちなみに脂肪の燃焼には有酸素運動が最適です。有酸素運動とは、筋肉を収縮させる際のエネルギーに酸素を使う運動のことをいいます。ジョギングや水泳、エアロビクス、サイクリングといった、ある程度時間をかけながら、少量から中量程度の負荷をかけて行う運動が代表的です。ジョギングなどのほかにも、踏み台昇降、もも上げ運動、ハーフスクワットなどがあります。こうした運動をなるべく週3回以上行いましょう。
第 2 条 熱中できる趣味を持つ
別ないい方をすると、「イキイキとした生活を送る」ということです。そのためには、熱中できる趣味を持つのが一番。アート製作や鑑賞、観劇、映画鑑賞、旅行、インターネットなど、知的好奇心を満たす創造的な趣味を持つことで、認知症のリスクはかなり低減します。


私の場合、剣道と俳句が趣味ですが、俳句は「脳トレ」以上に脳を活性化させるそうです。下は平成19年に朝日新聞で掲載された記事ですが、「俳句を詠むと、脳の司令塔と呼ばれる前頭前野が刺激され、強く活性化される」「脳の血流量が増し、認知症の予防や改善に効果がある」とのことです。俳句はアルツハイマー病の予防になるかもしれません。
俳句は紙と鉛筆があれば誰にでもできる、最も手軽で日本人にぴったりの文芸です。自然観察の力も付くし、楽しい仲間もたくさんできます。おススメですよ(笑)。いずれにせよ、脳に刺激を与え、活性化させるような趣味をぜひ持ちましょう。
第 3 条 血流を正常に保つ
脳は全体重の2%程度を占めるに過ぎない容量ですが、身体を流れる全血流量の約15%が運ばれ、全身の酸素量の約20%を消費します。いかに脳は酸素を必要とするか、よくわかりますよね。そんな脳に酸素をしっかり送り込むためには、血流を正常に保たなければなりません。血流を正常に保てば、高血圧や糖尿病、動脈硬化、脳卒中といった生活習慣病を予防し、それが認知症予防につながります。特に血圧については、血流の正常化によってコントロールできると、認知症になりにくいことがわかっています。
下のグラフはヨーロッパで60歳以上の高血圧患者2902人を対象に、6年にわたって降圧剤による認知症予防の追跡調査した結果です。これによると、1000人あたりのアルツハイマー病の年間発症数が、降圧剤で「血圧をコントロールした人」と「しなかった人」では、前者が1.9人なのに対し、後者は5人に上りました。血圧をコントロールした人の方が、単純に6割少ない計算になります。
脳血管性認知症の発症についても、「血圧をコントロールした人」が1.1人なのに対し、「しなかった人」は2.1人と倍になるんですね。
血圧は認知症以外にも様々な病気を引き起こします。今、降圧剤など血圧の薬はドラッグストアで安く買えるので、こうした薬を使って血流を正常に保つのも一つの方法だと理解しておいてください。
第 4 条 社交性を保つ
イキイキとした主体的な日常生活を送ることが、いかに大切か。
面白いデータがあります。「夫婦同居で子どもや親族、友人と週1回以上会っている人」と、「一人暮らしで子どもや親族、友人と週1回未満しか会っていない人」を比べたら、後者の「週1回未満しか会っていない人」の方が認知症の発症リスクが8倍になるんです。結構、興味深いデータですよね。
社交性を保つためにはどうしたらいいか? それは「第三の居場所」(サードプレイス)をつくることです。昔よく、「お茶飲み友達」なんていましたよね。近所の友達のところにお茶を飲みに行って、そこで愚痴をいう。これが大事です。職場や家庭以外に、趣味やボランティアなどを通じて「第三の居場所」をつくる。そうすることで、社交性を保つことができます。ない方は、ぜひつくってください。
第 5 条 いつも笑顔でいること、いつも人をほめること
いつも笑顔でいること。笑う機会が「ほとんどない人」と「ほぼ毎日笑う人」の認知機能の低下を比べると、前者は後者に対し、男性で2.11倍、女性で2.60倍も低下するそうです。だから、笑う機会がないと、男性も女性も認知症のリスクが高まるんですね。

そして、なぜ「人をほめる」ことが大事なのか。
人をほめることは相手の良さを認めてあげること。ほめられた人は自分に自信を持つことができます。そして、ほめてくれた人を好きになります。このようなことで人間関係が良くなり、お互いに自然と笑顔になれる。人をほめることは、誰でもできるでしょ。なら、やった方が得ですよね(笑)。

そして、なぜ「人をほめる」ことが大事なのか。
人をほめることは相手の良さを認めてあげること。ほめられた人は自分に自信を持つことができます。そして、ほめてくれた人を好きになります。このようなことで人間関係が良くなり、お互いに自然と笑顔になれる。人をほめることは、誰でもできるでしょ。なら、やった方が得ですよね(笑)。
◆「人助け」をすると認知症にならない?!
第 6 条 不平、不満、愚痴・泣き言、悪口、文句をいわない
杉本教授 実はこの文言は、旅行記などを多く執筆していた著作家・小林正観さんが生前、よく講演で引用されていました。仏教の教えで「五戒」(ごかい)といいます。私は人生で最も大切なものは「無形財産」だと思っています。“無形財産”って何かわかりますか? それは、“いくら使っても減らない財産”です。
無形財産は死んでもあの世へ持っていけるんですね。なぜか? それは、無形財産は魂に付いているからです。だから減らない。生まれ変わっても、またそれを使うことができる。これが無形財産です。私はこの財産の多寡が、人生の成功のカギを握っていると思っています。そして無形財産を多くすると、認知症と戦う武器を持つことができます。
では、無形財産はどうしたら増やすことができるのか? 簡単です。不平、不満、愚痴・泣き言、悪口、文句をいわない。そして世のため、人のため尽くすんです。それが無形財産の素です。
しかし、「五戒」を犯すと無形財産は少なくなります。みなさんの財産はいかがですか?
もちろん、無形財産を増やさなくてもいいんですよ。有形財産を頑張って増やしてもいいんです。いっぱい株を買って、お金を儲けて、いい家に住んで、いい服を着て、いい車に乗って、美味しいものを食べて……。もちろん、お金があるならやればいいんです。でも、その有形財産というのは魂に付いていないから、この一生だけのものです。どちらをとるか、それはみなさんの自由です。


第 7 条 認知症予防にいい食べ物を多くとる
何度も触れてきましたが、認知症の中で最も多いのがアルツハイマー病です。アルツハイマー病は、脳内にアミロイドβとタウタンパクという2つのタンパク質が蓄積することで神経細胞が壊れ、脳が萎縮して発症します。なので認知症の予防には、アミロイドβやタウタンパクの蓄積を抑える成分、すなわちポリフェノールやクルクミン、フェルラ酸などを多く含む食べ物がお勧めです。
例えばポリフェノール。赤ワインにたくさん含まれていますよね。ポリフェノールはアミロイドβの凝集を抑える作用があります。そのため、赤ワインを飲んだらアルツハイマー病にならないと、よくいわれるんですね。
実際、赤ワインを好むフランス人にアルツハイマー病の人は少ないです。でも、赤ワインはせいぜい3杯までを目安にしてください。それ以上飲むと、“アルツハイマー”にはならないけど“アルチュウ(アル中)”になるのでご注意を(笑)。

実際、赤ワインを好むフランス人にアルツハイマー病の人は少ないです。でも、赤ワインはせいぜい3杯までを目安にしてください。それ以上飲むと、“アルツハイマー”にはならないけど“アルチュウ(アル中)”になるのでご注意を(笑)。

クルクミンは、ウコンなどに含まれる黄色のポリフェノール化合物です。ウコンというと、カレーのスパイスの一つですよね。そのウコンの活性本体であるクルクミンは抗酸化作用、抗炎症作用があり、ガンやアルツハイマー病に効果があるといわれています。
フェルラ酸は米や米ぬか、小麦などの食品に多く含まれているポリフェノールの一種です。ほかにコーヒーやリンゴ、ピーナッツ、オレンジ、パイナップルの種の中にもみられます。フェルラ酸には強い抗酸化作用があり、アルツハイマー病の予防に効果があることがわかっています。ほかにも、ガン、糖尿病、心血管疾患などに対しても有効であり、サプリメントにもなっています。
このフェルラ酸については、その成分を多く含む「超高水圧加工玄米」の機能性について、島根県産業技術センターと同志社大学の私の研究室で共同研究しました。その結果、認知症予防に新しい可能性をもたらす面白いデータが出ましたので、下の通り紹介させていただきます。玄米は日本人の食生活に容易に取り入れることができるので、日常的な認知症予防や症状の改善に大きな効果が期待できると思っています。
第 8 条 サプリメントの活用
続けましょう。第8条の「サプリメントの活用」ですが、サプリメントも昔から認知症に良いとされるものが多くあります。私も創薬ベンチャー(グリーン・テック ※後述)で研究していますが、ポリフェノールを補う種類が特に多いですよね。前述したフェルラ酸やクルクミンを含むものも多くあります。ぜひ、試してみてください。でも、3カ月服用して効果を実感できないときは、変更することをお勧めします。
なお、これまで触れてきた認知症予防で、効果的なものを私なりに番付すると下の通りになります。やはり、運動が横綱でポリフェノールが多い食べ物が大関、サプリメントは関脇になります。
第 9 条 喫煙はダメ、お酒は適量、良質な睡眠、口腔内ケア
喫煙はダメです。お酒はほどほどに。良質な睡眠は認知症に限らず、あらゆる健康面でプラスになります。ちなみに昼寝もアルツハイマー病のリスクを減らすようです。筑波大学名誉教授で精神科医の朝田隆先生が調べて、下の通り立証されています。

口腔内のケアについては、最近「オーラルフレイル(Ora:口腔、Frailty:虚弱)」という造語も登場し、改めて注目されるようになりました。老化に伴って歯がなくなり、食べものを嚙むことや飲み込む機会が少なくなると、脳への刺激が減って認知症を発症しやすくなります。

口腔内のケアについては、最近「オーラルフレイル(Ora:口腔、Frailty:虚弱)」という造語も登場し、改めて注目されるようになりました。老化に伴って歯がなくなり、食べものを嚙むことや飲み込む機会が少なくなると、脳への刺激が減って認知症を発症しやすくなります。
例えば、マウスはエサを前歯で砕き、奥歯ですりつぶして飲み込みますが、その奥歯をヤスリで削ってエサをすりつぶせなくすると、マウスの記憶・学習の能力がガクンと落ちます。理由は奥歯を削ると、記憶に関係する海馬の神経細胞が減ってしまうからです。
健常な高齢者を6年間観察した調査によると、元から歯がない人は、歯が20本以上ある人と比べて認知症リスクが5.2倍も高まるという結果が出ました。年齢などの多因子で補正すると2.4倍になるそうです。いかに歯が大切かわかりますね。

健常な高齢者を6年間観察した調査によると、元から歯がない人は、歯が20本以上ある人と比べて認知症リスクが5.2倍も高まるという結果が出ました。年齢などの多因子で補正すると2.4倍になるそうです。いかに歯が大切かわかりますね。
よく噛むことは記憶力をアップします。口腔内を常に清潔に保ち、歯を大切にしましょう。
第10条 人助けをする
これは私の生き方で、反対する人もいるかもしれません。
認知症になっても、安心して、心豊かに生きることのできる世界を築くことができれば、認知症なんか怖くありません。そのためにも、常に人を思いやり、困った人を助けるような生き方をしてみませんか? これは同時に、先ほど話した「無形財産」をつくることにもなります。
多く人から感謝の気持ちがこめられた「ありがとう」をもらうと、そのとき、本当に生きていて良かったと思えるのではないでしょうか。
知識は紙切れに等しいものです。もっとも、知識を身につけることは生きていくうえで必要ですが、その知識を生かして実践しなかったら意味がありません。今回私がお話しした認知症予防の知識だって、ただ単に理解しても、それを実践しなかったら知らないのと同じです。だから、みなさんに“実践ジャー”になってほしいというのが私の希望です。そうすれば認知症予防の知識も、みなさんの魂の中にスッと入っていきます。
◆究極の夢、アルツハイマー病の根本治療薬を
米国アトランタ市で開かれたアリセプトの新発売大会でスピーチを行い、来場者2500人の熱烈なスタンディングオベーションを受けた杉本教授。帰国後、筑波研究所の副所長として、人事部から研究現場への復帰が叶います。不本意な異動で一時転社も考えたエーザイでしたが、その後定年まで勤め上げ、2003年3月に円満退社しました。
エーザイ初の海外展開治療薬となった血圧降下剤「デタント―ル」、世界の医療現場で初めて普及したアルツハイマー病治療薬「アリセプト」――成功率2万分の1以下といわれる厳しい新薬開発で、2つの創薬に成功した偉業は今なお、燦然と輝いています。
しかし、杉本教授はそうした栄誉に満足して現役を退き、悠々自適な老後生活を過ごしているわけではありません。同志社大学の教授として若手研究者の育成に務める傍ら、自ら立ち上げた創薬ベンチャー企業「グリーン・テック」で新たな夢を追いかけているのです。
その夢とは“アルツハイマー病の根本治療薬”を開発すること。
「一見不可能事に挑戦」と自ら語るぐらい奇跡に近い、極めて困難な目標。それでも母との約束を果たすべく、残りの人生をかけて“最後の夢”の実現に向け、一心に挑み続けています。
杉本教授 一時は本気で飛び出そうとしたエーザイですが、アトランタから戻ると筑波研究所の副所長として現場に復帰でき、充実した研究員生活を送ることができました。
それにアリセプトの成功で、会社から多額の特別報奨金をもらえたのも嬉しかったですね。その報奨金でもって、剣道の防具を一式購入しました。総額でなんと100万円! 胴なんかは鮫皮の特注品で、60万円もしたんですよ! その豪華な防具を着けて7段の昇段試験を受けたところ、一発合格しました。まさに、「どう(胴)だ!」といった感じでしたね。もっとも仲間からは、「防具で受かったんだ」って散々にいわれていますが(笑)。
エーザイ在職中は「デタントール」「アリセプト」と、2つの新薬の開発に成功することができました。多くの研究員が1つも新薬を世に出せないまま定年を迎えてしまうことを考えると、本当に幸運だったと思います。でも、定年が間近に迫ったとき、自分にはまだやり残したことがあると、不完全燃焼に近い気持ちを覚えました。
特にアリセプトは、確かにアルツハイマー病の進行を阻害しますが、病根を完全に断ち切る薬ではありません。『認知症の根本治療薬はいつできますか?』といった手紙もよく届きました。こうした患者さんやご家族の期待に応えたい。それに「認知症を治す薬をつくる」といった母との約束もあります。
このような満足と心残りの入り混じった気持ちでいたところに、偶然にも京都大学の大学院薬学研究科から声がかかり、退職後すぐの03年4月からエーザイ寄付講座の教授として赴任することになりました。「これで研究が続けられる!」と、嬉しかったですね。
翌年8月には京大大学院の協力を得て、創薬ベンチャーを立ち上げました。そして、現在は同志社大学のプロジェクトも加わって拠点を同大の研究室に移し、「グリーン・テック」として活動中です。目指しているのはもちろん、アルツハイマー病の根本治療薬の開発です。
それで今、何をしているのか? 実は先ほど話したカレーのスパイスの一つ、クルクミンを研究しています。このクルクミンを約5年間にわたって合成展開し、手ごたえのある化合物がようやくできました。その名も「GT863」。名前の意味、わかりますか? 「GT」はグリーン・テックから、「86」は私の名前「八郎」から取りました。「3」は敬称の「さん」。つまり、「グリーン・テックの八郎さん」という意味(笑)。
アルツハイマー病は、脳内にアミロイドβとタウタンパクという2つのタンパク質が蓄積することで発症することは、すでに触れました。そのアミロイドβとタウタンパクの生成を抑制する作用が、この「GT863」にはあるのです。この薬が成功すれば、アリセプトが効かない患者を救うことができます。


現在「GT863」は臨床試験に入っており、第1相試験をすでに終え、今年中に第2相試験に入る予定です。期間は令和7(2025)年まで。40億円以上の予算を計画しています。
もし、3つ目の新薬開発が成功したら、創薬の世界では本当に奇跡的なことです。これまで2つの新薬を生み出せたのも稀なこと。だからこそ、なおさら成功させたい。3つ目の夢をぜひ、みてみたいですね。
私は今年79歳になりますが、「GT863」の開発が成功したときは、83歳、あるいは84歳になっています。まあ、私の老後は100歳から始まりますので、まだまだ先はありますけど(笑)。でも、仮に途中で死んでも、理想で死ぬなら本望です。
俳人・松尾芭蕉と一緒に奥の細道を旅した河合曾良(かわいそら)という人物をご存知ですか? 彼は下のような俳句を残しています。
当時の長い旅は死を覚悟していました。彼は芭蕉と一緒に旅をしたとき、たとえ自分が旅の途中で死んだとしても、美しい萩の花の咲く野で死ぬなら本望だと詠んだんですね。「理想で死ぬなら本望だ」と。まさに、今の私の心境です。
アルツハイマー病の根本治療薬の開発は、確かに一見不可能なことです。でも、必ず成功させます!
そう、困難を突破するのに必要なのは、やっぱり「根拠のない自信」。根拠のある自信はロジックで崩れてしまうからね(笑)。ロジックじゃない。「俺はやるぞ!」という意気込み、パッション(情熱)!
「念ずれば花ひらく」です。
➣➣➣ ➢➢➢ ➣➣➣
世界が驚愕した奇跡のアルツハイマー病治療薬「アリセプト」。その完成の陰には度重なる失敗にも挫けず、再三にわたる会社の中止厳命をもはねつけて成功に導いた、ある研究員の不屈の精神と情熱があった——そんなドラマチックなエピソードに惹かれ、ぜひ本サイトで紹介しようと今回の特集を企画しました。ご協力してくださった経営支援NPOクラブのみなさまに改めて御礼申し上げます。
“薬のノーベル賞”ともいわれる英国ガリアン賞特別賞を受賞し、毎年ノーベル賞候補者としてマークされる杉本教授。それでも偉ぶったところはまったくなく、おやじギャグを連発する飾らない人柄は、「本当にあのアリセプトを開発したすごい人なのか」と疑うほどです。
きっと、さまざまな逆境や苦難を乗り越えてきた芯の強さや愚直さ、いつまでも母を想う優しさがにじみ出ているからなのでしょう。そして、このような心根だからこそ、数々の強運を呼んできたに違いありません。
認知症に対する有効な治療薬がなかった時代、医師も、家族も、患者が変貌し、弱っていく姿をただ見守るしかできませんでした。そんな絶望的な状況をアリセプトが劇的に一変させました。
最近では、アルツハイマー病の進行を抑える世界初の根本治療薬「アデュカヌマブ」が米食品医薬品局(FDA)に承認され、注目を集めています。アデュカヌマブは杉本教授が勤務していたエーザイと、米バイオジェンが共同開発した治療薬で、アルツハイマー病の原因物質の一つ、アミロイドβを除去する効果があるそうです。
一方、杉本教授が開発を進めている根本治療薬「GT863」はアミロイドβのほか、もう一つの原因物質であるタウタンパクの生成も阻害するのは本文でも触れました。アルツハイマー病の治療もようやく、病理そのものと向き合う時代に入ったことを実感させます。
しかし、アルツハイマー病を中心とする認知症がこれらの薬の力によって、一気に“不治の病”でなくなると考えるのは早計でしょう。どんなに画期的な治療薬が登場しようとも、いいケア・介護ができてこそ、認知症の症状はやわらぐという専門家の見解があります。
杉本教授も「認知症と戦うための10か条」の第10条「人助けをする」の中で、「認知症になっても、安心して、心豊かに生きることのできる世界を築くことができれば、認知症なんか怖くない」と語ります。
「常に人を思いやり、困った人を助けるような生き方をしてみませんか?」
杉本教授の訴えかけに耳を傾け、認知症の人たちが安心して心豊かに暮らせる社会になるよう、また自分自身が認知症にならないよう、今回の講演で学んだ知識を生かして“実践ジャー”になっていきましょう!
(「アルツハイマー病治療薬開発の夢を追って③」おわり)
※本特集で掲載した画像のほとんどは4月7日の経営支援NPOクラブのNPOサロンで使用されたものです。本サイトでの流用にご快諾いただいた杉本教授に心より御礼申し上げます。
※一部画像・イラストに「かわいいフリー素材集いらすとや」「写真AC」の素材を使用しています。
(「アルツハイマー病治療薬開発の夢を追って③」おわり)
※本特集で掲載した画像のほとんどは4月7日の経営支援NPOクラブのNPOサロンで使用されたものです。本サイトでの流用にご快諾いただいた杉本教授に心より御礼申し上げます。
※一部画像・イラストに「かわいいフリー素材集いらすとや」「写真AC」の素材を使用しています。